就職の良し悪しが大学選びの重要な指標となった近年、キャリア形成プログラムや学内セミナーなど手厚い就職支援を売りにする大学が増えてきた。一方で古くから学生の就職支援に力を入れ、独自の取り組みを続けてきた大学もある。今回は岐阜聖徳学園大学で20年以上も続く「就職合宿」を同行取材した。
就活生が恐れる「就職合宿」とは?
2018年12月26日、年の瀬が押し迫ったこの時期に岐阜聖徳学園大学恒例の「就職合宿」が開催された。2班に分かれて各1泊2日ずつ、28日まで行われるこの合宿に集まったのは民間企業への就職を目指す3年生。一般的に現在の採用活動ガイドラインでは、企業が2020年卒業生の選考を開始するのは2019年の3月からとされている。
今日、会場の岐阜都ホテルに集まった学生たちは、そのスケジュールに合わせ、就職に関する授業や講座で準備を進めているものの、まだスタートラインに立ったばかりの段階だ。合宿の目標は、ES(エントリーシート)や面接で必ず問われる「自己PRを完成させる」こと。そのために自己PRの発表や模擬面接、グループディスカッション、さらに就職課の職員や内定者による個人指導など様々なプログラムが組まれている。
メインイベントは一日目、二日目に1回ずつ行われる模擬面接。取材前に就職合宿に参加する学生に話を聞いたところ「先輩から『あんな怖い面接は本番でも無い』と言われた」「泣いちゃう人もいるらしい」と学内でもその厳しさは語り草になっているようだ。
この合宿でどのような取り組みが行われているのか? その様子を知るため、私も就職合宿に同行させていただいた。
就職合宿は自分と向き合う貴重な機会
ホテルに着くとすぐに学生たちは会場となる広間に通され、6人ごとの小グループに振り分けられる。このグループ分けについて、岐阜就職課の松原課長は「友人同士だと新たな刺激が生まれにくい。できる限り同じ学部やサークルの学生などは離すよう調整しています」と話す。
こういった細かいフォローが自然とできるのも、少人数であり教職員と学生がお互い顔の見える環境にある岐阜聖徳学園大学ならではだろう。
各グループ全員が集合しオリエンテーションが終わると早速SPIの模擬試験がスタート。どうやら抜き打ちだったようで、就職合宿の洗礼に先ほどまで笑顔が溢れていた学生たちが徐々に真剣な表情へ変わっていく。続いて学生同士で自分の活動状況などを報告する情報交換タイムがあり、その後、いよいよグループ内で自己PRを発表し合う「1分間スピーチ」が始まった。
各グループには内定者アドバイザーがつき、発表者へフィードバックを行う。彼らも前年の就職合宿に参加し内定をつかんだ者たちだ。内定者アドバイザーの1人は「自分も最初は人前でうまく話せなかった。でも、この合宿を通して面接や自己PRに自信を持てるようになった。こんなに深く自分と向き合える機会は滅多にない」と当時を振り返る。
それだけに就活生を見る目は厳しい。声の大きさから話の整合性、目線の動きまで発表者が自分では気がつかないポイントを次々と指摘する内定者アドバイザーたち。就活生もそのアドバイスに素直に耳を傾け、メモの手を休めない。
やはり少し前まで自分と同じ立場だった人からのアドバイスは受け入れやすいのだろう。会場のいたるところで熱心に意見が交わされ就職合宿は次第に熱を帯びていく。
ただ、一方で私は就活生が早い段階で自己分析を開始し、改善点は残るものの堂々と発表している姿に驚いていた。失礼な話かもしれないが、就活生時代の私(十数年前)と比べると雲泥の差だ。そんな彼らが恐れる「模擬面接」とは一体どのようなものなのだろうか。
就活生の弱点を暴く模擬面接
ついに1回目の模擬面接の時間になった。就活生二人一組で行われる模擬面接では面接官を大学外部の人材コンサルタントが務め、加えて内定者アドバイザーも様子を見守る。本番さながらの環境の中で専門家の厳しい目に晒される甘えを許さない状態だ。
特徴的なのはビデオカメラで模擬面接の様子を撮影していること。この映像を使って面接の振り返りをすることで、就活生は面接官や内定者アドバイザーの指摘を深く自覚できるようになる。
誰だって緊張している自分の姿を後から見るのは嫌なものだが、それだけに自分の弱点と真摯に向き合うきっかけになるというわけだ。今回はお邪魔ながら私も模擬面接に同席させていただいた。
模擬面接とはいえ真剣な面接はこれが初めてという就活生も多く、入室前から緊張を隠せない。面接中も雰囲気に負けてうまく言葉が出て来ず途中で止まってしまったり、話が飛んでしまう就活生が続出していた。
特に印象的だったのは、就活生の長所やエピソードを掘り下げようとする面接官の質問に口ごもってしまう場面が多く見られたことだ。なんとか答えられたとしても、面接官はその話のディティールを容赦なく詰めてくる。場当たり的に答えた結果、面接官に底の浅さや矛盾を指摘されその場で絶句してしまう就活生もいたほどだ。
社会経験の乏しい就活生にとって自分の欠点を突きつけられることは確かに恐怖だろう。
模擬面接を終えた松村くん(外国語学部3年生)は「面接官の雰囲気に押されて思ってもいないことを言ってしまい、話の収拾がつかなくなった。自己PRも自分なりに考えてきたつもりだったが、指摘されるまで矛盾があるとは全く気がつかなかった」と悔やんでいた。
この様子を羽島就職課の伊夫伎主査は「面接はコミュニケーションの場ですから、自己PRをうまく言えるだけではダメなんです。今の段階ではまずそれを意識していない就活生が多いですね」と分析する。
とはいえ、就活生は一日目の結果を踏まえて二日目の模擬面接までに自己PRを完成させなければならない。自分の写ったVTRを見る目にも自然と力が宿る。合宿会場に到着した時とは全く違う表情だ。全ての模擬面接が終わった時、日はすっかり暮れていた。
自己分析を深めるカギは濃密な対話
初めての模擬面接を経て大きな課題に直面した就活生たち。彼らを支え、鍛えるのが就職課の職員や内定者アドバイザーだ。合宿には岐阜・羽島両キャンパスの職員が集結、いつでもアドバイスできるように待機している。同時に、内定者アドバイザーは会場を廻り悩んでいる様子の就活生に声をかける。
面接を見る限り就活生の多くは自己分析が圧倒的に足りていない。だから「何故そうしたのか?」「どうしてそう感じたのか?」と細部を問われると言葉に詰まってしまうのだ。
そのため、職員は就活生の過去の経験を共に振り返り、問いかけ、彼らが自身の長所や人間性を自覚できるまで掘り下げてゆく。その対話からは学生と職員の関係を超えた熱が伝わってくる。
合宿だけではなく日頃から学生と強い信頼関係を築いているからこそ深い対話が生まれるのだろう。合間に職員の方に少しお話を伺おうと考えていたがとてもそんな雰囲気では無い。
ふと会場を見渡すと、ある者はアドバイザーと話し込み、ある者はこれまでの活動を書き留めたノートを見つめ、必死の面持ちで「自分はどんな人間であるのか」について考え込んでいた。
先述の「こんなに深く自分と向き合える機会は滅多にない」という内定者アドバイザーの言葉が思い出される。確かに、これほど熱意に満ちた環境の中で対話を重ね自己を掘り下げる機会は得難いだろう。
22時の会場退出時刻が迫ってもまだ指導を望む就活生は絶えることがない。閉場後も内定者アドバイザーが就活生の自室まで出向いて自己PRが完成するまでサポートをする。例年、深夜2~3時まで打ち込む就活生もいるという。就職合宿の夜は長い。
わずか二日の経験が就活生たちの意識を変える
そして迎えた2回目の模擬面接。就活生たちの様子は前日とは明らかに違っていた。
まだ緊張は残るものの面接中の態度や話し方は自然で、弱点とされていた面接官への受け答えも格段に「コミュニケーション」に近づいている。前回、思うように話せなかったことを悔やんでいた松村くんは自己PRをガラッと変えてきた。
1回目の模擬面接の後、必死に自分を掘り下げることで生まれたであろうその言葉には以前にはない力が満ちていた。自信をつけたのか面接の中で笑みが溢れる場面すら見られた。
もちろん全てが完璧とはまだ言えない。しかし、わずか二日間の合宿で就活生が遂げた成長は想像以上に大きかった。本人にとっては苦しい経験だったかもしれないが、その中で生まれた変化は彼らの就活を確実により良いものにするだろう。
いや、就活だけではない。この合宿を通して身につけられる「自分を知り、人柄や経験を相手に伝え理解してもらう」という能力は社会生活のあらゆる場面で必要とされる。どんなに誠実な人でも、貴重な経験を積んでいても、相手に伝わらなければ意味がないのだ。
そう考えると就活対策は人生を豊かにするための「実学」と言えるのかもしれない。これから社会に出る就活生を熱く支援し続ける岐阜聖徳学園大学の取り組みの意義は大きい。